2009年10月31日

阿修羅と伊勢神宮

奈良の興福寺で「お堂で見る阿修羅」と伊勢神宮を見てきました。


阿修羅は、釈迦三尊像や四天王像や十大弟子・八部衆像とともに見ることが出来ました。

お堂といっても1819年再建された中金堂が老朽化のため、1974年に建てられた仮金堂で見ることが出来ました。

多くの像があって少し狭く仮の居場所のようにも感じましたが、あんなものなのかな。

阿修羅は特に異彩を放っていました。華奢に簡略化された腕がしなやかに伸びて、ふくよかな空間を阿修羅にまとわせていました。

現在仮金堂の前の敷地に中金堂の再建が進められているということで、来年は柱が立つそうです。柱がたった状態だけでも見ものだろうなと思いました。

それにしてもすごい人で仮金堂に入るまでに1時間ほど並びました。あらためて、芸術なのかモノなのか、実体を持つものが人を呼び寄せる力を見た気がしました。中金堂も阿修羅がこうやって人を呼んで建てるんですね。


ゆにわ.jpg


そして伊勢神宮、学生のころに1度行ったことがありましたが、念願の2度目でした。学生のころはやはり分からなかったなと思うところが多く見所がとても多かったです。

今は20年に一度の式年遷宮(お宮の立替え)を平成25年に控えて橋の架け替えをやっていました。
写真は風の宮だったかな?の遷宮地です。

昔読んだ月間太陽で磯崎新さんが言っていたのですが、以前あったお宮の跡のことを「ゆにわ」というそうです。「ゆにわ」=遷宮地なのか、遷宮された後の象徴的な時空間のことを言うのかはよく分かりませんが、現地には「ゆにわ」の説明がありませんでした。

それでもこのなにやらはじめて聞くような言葉の響きに聞いた当初は不思議な印象を強く受けていました。

それにしても式年遷宮とは「常若の思想」によって、20年に一度立て替えられるということです。全お宮の道具まですべて作り直すという壮大さに驚きました。それが戦中の中断はあったにせよ有力者の寄進によって続いてきたということで、式年遷宮が出来るということが平和であることの証だそうです。宮大工の技術やさまざまな道具を作り出す工芸技法がともに有力者のおかげで受け継がれていくのですね。式年遷宮の時のご神体の移動は生きているうちに見てみたいです。


さてお宮のご神体は鏡だそうですが、もちろんそれを見ることは出来なません。そこで祀ってあるお宮やその前に広がる白黒の玉砂利が敷き詰められているところに向かって御簾ごしに2礼2拍手一礼をします。

背筋を伸ばしてお祈りをするだけでなにか心が落ち着くような気がしますが、お祈りをするときにちょうど御簾が内側からのふわっと風でめくれ上がり中の空間が見えたりすると、それだけで祝福されたのではないかと思ってしまいます。単純ですね。


阿修羅とは異なって、こちらは実体のないものが人を呼び寄せる力を見てきました。年間750万人が訪れるそうですよ。すごいですね。





さて実体のあるものとないものの両者の力を感じた良い旅行になりました。自身の制作のことを言えば、今年度から自身の日本画制作を見直しています。

 昨年は21美でのボランティアを経験したことをきっかけにして自身の制作を見直しました。関わったプロジェクトがアートセンターを立ち上げるというもので、場を作りコトを起こすというものであったのですが、そこで自分はやはりモノを作り出すことに向いているし目指していることがはっきり分かりました。そこでもう一度モノのクオリティを上げたいと奮起しています。

 これまで実体を疑い始めて、自分なりにとことん疑い、コトへと向かっていったのですが、もう一度実体あるモノを見直そうと思っています。揺らぎを内在した実体というものがあることをようやく信じることが出来るようになったということでしょうか。そして今は日本画を描きたいと思います。日本画を描きたいと改めて言うのもへんな言い方ですが、日本画というものをいつまでも決め付けないでいたいなと思います。








posted by せいわ at 16:03| 石川 | Comment(0) | TrackBack(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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